vol.2 石津ちひろ 氏


「言葉を学ぶ意味とは、知らない世界と触れ合うこと」

guest:

石津 ちひろ(いしづ ちひろ)

 

石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。石津さんの経歴などの説明文が入ります。


interviewer:

西村 和泉(にしむら いずみ)

 

名古屋芸術大学 デザイン領域 文芸・ライティングコース 准教授
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interviewer:

近藤 智恭(こんどう ともやす)

 

名古屋芸術大学 デザイン領域 文芸・ライティングコース プロデューサー


西村:本日は、心に響くお話を沢山お聞かせ下さり、ありがとうございました。

 

石津どういたしまして……こちらこそ。

 

西村:石津先生は絵本作家、翻訳家、それから詩人として、どの分野でもご活躍されておられます。その中で、なにかジャンル同士をつなぐ共通点のようなものはありますか?あるいはそれぞれの違いについて意識されていることがあれば教えて下さい。

 

石津そうですね……同じ言葉を使うんですけれども、心で書いているっていうものと、頭を使っているっていうのと、その両方を使っているっていうのと、それぞれあるなっていうのはいつも感じているんですね。それで、たとえば詩だったら、頭で書いているようでいて意外と心で書いている。言葉遊びは、なにか頭のある部分を使って書いているような。だから同じ言葉なんですけれども、体のどこから出てくる言葉なのか、という違いってあるような気がするんですよね。

 

西村:回文は、誰しも一度は作ってみようとしたことがあると思うんです。私も実際、小学生の頃に作ろうとしたんですけど、想像に反してなかなか出てこないんですね。もう絞り出すような感じというか。で、たまにこう、本当に一生懸命考えてポンってできたら嬉しいんですけど、その後また先生のようになめらかに言葉が出てこない。楽しく作れたらいいなって思うんですけど、なかなか上手くいきません。日々どのように言葉と関わると、無理なく、誰が聞いても楽しいものが生まれるのか、という秘訣を教えていただけたらと思います。

 

石津こと回文に関しては訓練っていうのもあるかもしれないんですけれど、回文って、多分作れるタイプの人と作れないタイプの人がいると思うんですね。でも多分、頭の中に文字が書ける人は、やっぱり割と簡単だと思うんですよ。なんか、わざわざ書いて確かめると、やはり、それは結構手間がかかるっていうか。だから結局は作らないことになって。でも歩いていたり、ふっとなにかを見た時に、心の中というか頭の中に文字を思い浮かべて作れると、身近なものになりますよね。だから、やっぱりそういう違いかなと思うんですけれども。これは聞いた話なんですけど、のちのち将棋の棋士になった男の子がいて。その子は回文がやっぱりすごい得意だった。だから、将棋って先を読まなきゃいけないし、あと、頭の中に将棋盤があるっていいますよね。だから多分、頭の中に思い描けるか、っていうのが大きいのかなっていう気はしますね。

 

西村:とても参考になります。先ほどの講演の中で、先生は寝る前に思いつくことがあると仰っていたんですけれど、それも必ずしも紙とペンを持ってという感じではなくて、文字を頭の中に思い描かれるのですか?

 

石津それは別に毎日やってるわけではなくて、たまたま回文の本を作りましょうということになった時に、新たなものを考えなきゃいけない、って思ってると……そうそう、私の場合は回文はスイッチオンにしたりオフにしたりがあるんですよね。オンになってると、常日頃考えてしまうんですけれども、普段は一切考えていないですね。

 

西村:回文と同時に、先生はしりとりの絵本とかアナグラムとか、楽しい言葉遊びの本も沢山書かれています。「アナグラム」というと、私の場合はフランスの詩を通して「こういう形があるんだな」と知ったので、日本にいる時にはあまり馴染みがなかったような気がするんですけど……。

 

石津私もやっぱりそうですね。フランス語に通じていたからそういう遊びがある(と知っていた)っていうことで。それでやってみたんだと思いますね。

 

西村:実際、フランスに住んでいらっしゃった時に、そのような出会いがあったんでしょうか?

 

石津特別な出会いはなかった……むしろフランスに住んでる時に、日本人の友人が回文作ってみようって言ってきて、で、パリの街角のカフェで回文を作った覚えはありますけれども。

 

西村:それはフランス語で作られたのですか?

 

石津いえ、日本語で、です。でもフランスではやっぱりそういう言葉遊びっていうのはすごい盛んですよね。日頃、色々と、それこそ日本でいうと割とダジャレっていう感じで言われてしまうんですけど。韻を踏んだりとか、そういうのがもともと好きですし、詩も全部韻を踏んでいたりね。そういうのはあると思いますね。

 

西村:先生は早稲田大学でフランス語を専攻なさっていたそうですが、大学時代はどのようにお過ごしになられていたんでしょうか?

 

石津学生時代は、学校でフランス語を勉強するだけではやはり不十分で、アテネ・フランセにも通いながら勉強していたんですけれども、そんなにものすごく熱心に勉強していたわけではなかったんです。本当にすごく勉強し始めたのはフランスに行ってからです。

 

西村:大学でたとえば文芸部に入られていたりとか、創作のきっかけになるようなことはありましたか?

 

石津そういうのは……でも、文芸部じゃなかったんですけれども、音楽サークルで、それこそ文芸誌みたいなものをみんなで作ったりして、でそこにちょっと寄稿をしたり。そんなことはやっていましたけれど。あと、ビートルズの曲の詞を頼まれて訳したりとか、そういうことはしてましたけど。でも、うーん、そういうことにものすごく熱心に取り組んでいたというわけでもなかったですね。

 

西村:先生が最初に作られた作品というのは、いつ頃、どのような形で、でしょうか?

 

石津作品を作ったっていうか、たとえば小学校の時だと「標語を作りましょう」とか。あとは中学で「短歌を作りましょう」とか「俳句を作りましょう」とか、あと……そういう時はなんか、普段そんなに熱心に取り組まない割にそういうときは、にわかに張り切るっていうか。だから短い言葉で表現できるものが好きだったんだなあって思いますね。

 

西村:それが、もしかしたら今につながるのでは?

 

石津そういう片鱗っていうか。俳句とか短歌だと、絶対なにかに載るっていう。でもその時しか作らないんですけれども、選ばれてたし、標語も必ず選ばれてたし。あと高校の時は、テストの時に「英文和訳が素晴らしい」って英語の先生に褒められて。その時はなんか、あんまり嬉しくなかったんですけど、あとで思うと、ああいうところにも、言葉に対するこだわりが表れていたのかな、と。

<自分の文章が客観的に読めるか>


西村:そのように短くて洗練された言葉を生み出す時に、先生は色々と書かれてから削ぎ落としていくスタイルなのでしょうか?

 

石津ええ(そうです)。今でも翻訳をする時は最初は何気なく書いて、で何種類か考えておいて。で、やっぱり声に出して読んで、耳に心地がいいかどうかっていうことで割と選びますね。

 

西村:実際に、書きながら声に出されたりもするんでしょうか。

 

石津そういうこともありますし、あとで読み直したり。だから、やっぱり客観的に自分の文章が読めるかどうかっていうのは、すごく大事なことだと思いますね。

 

西村:どなたかに読んでもらう、というよりも自分で自分の言葉を客観的に読むという……。

 

石津まずは、ええ、そうですね。

 

西村:なかなか難しいですよね。

 

石津そうですね。それで、私の場合は短いものが多いので、で、よく娘に聞いてもらうんですけど、読みながら自分で気がついて、「あ、これダメだね」とかいったり(笑)、そういうこともあります。あと、たとえば『詩ってなあに?』とか、『あおのじかん』とかすっごい熱心に取り組んで……で、見せると「もうほぼ完璧だね」って言われるんですが、あまり乗り気じゃないものを訳して聞いてもらうと、「まだスタート地点にも立ってないね」って言われて。自分が心の中で思っていた通りのことを指摘されるので、「そりゃそうだ」と思ったり。思って反省して、またやり直したりするんですけど。自分でも客観的に、と思いつつも、それが出来ない時は、なんかちょっと身近な人にそうやって聞いてもらったり。

 

西村:『あおのじかん』の見開きの色の名前について、不思議に思っていたんですね。どういう原語なんだろう、と。それが先生の感性でああいうふうにお訳しになられたと聞いて、とても素敵だと思いました。

 

石津ありがとうございます。

<楽しみながら生み出す>


 

西村:講演の最後にお読みいただいた3冊の詩集の中の「ころころ転がる心」とか、「レモンが転がると酸っぱい音がするね」とか、とっても好きなんですけれども、そのリズム感や「酸っぱい音」といった語感や響きを実際に声を出してつむぎだされるから、私たちの心にも響くのかなと思って。こういうものって感性から生み出されるところが大きいのですが、どのように詩がつむがれるのかという点に、文芸・ライティングの担当としては興味がありまして。たとえば、作品を書く時に、言葉と格闘して書きますという作家さんは多いと思うんですね。苦しみの中から生み出しました、とか。今日お話しをお聞きしていて、そういう感じを受けなかったんですね。とてもこう、爽やかに、というか。

 

石津やっぱりたぶん、楽しみながら、っていうのが大きいですね。父親が、割とどんな時でも明るくって、楽天的な感じで。それで言葉を楽しんでる感じだったので、それが多分私にも伝わってるんだと思います。だから言葉と取り組む時ってなんか、すごい楽しいイメージっていうか。あと、父親はいつもユーモアの感覚を大切にしてて。そんなこともあって、私もやっぱり良い意味でのユーモアは忘れないでいたいなっていつも思っていて。

 

西村:『おばあちゃんとバスにのって』の表紙のところに、お母さまと写った先生の小さい頃の可愛らしいお写真が載っていて。おいくつくらいの時なのでしょうか?

 

石津3才くらい……? 両親とどこかに遊びに行って。それで父親が撮った写真ですね。

 

西村:このくらいの、物心ついた時くらいから、たとえば自然と周りに本があったりとか、どなたかが物語を聞かせてくれていたりとか、そういう思い出はおありですか。

 

石津そうですね。小学校に入る前から、漢字交じりの文学全集とかを読んでいたらしいです。自分でもなんとなく覚えているんですけど、だから(当時はまだ)字が読めないのに、読めなかったはずなのに、どうしてだろう、と。本がすごく好きなのと、あとなんか、ちょっとだけ人見知りだったので、人がいる時でも本を読んでいるようなタイプだったみたいですね。

 

西村:静かなお子さんだったんですね。

 

石津そういう子だったんですけど、だんだん大きくなるとそうでもなくなって。小学校1、2年生くらいまではどちらかというと暗くって。本と向き合ってるようなタイプで。そのあとは体を動かしたり……っていうのが好きだった時期もあって。

 

西村:今まで出会った本の中で印象の強かったものや影響を受けたものはありますか。

 

石津影響を受けたかどうかはわからないんですけど、『あしながおじさん』がすごい好きで。自分もこういう境遇だったらよかったのにと思うような(笑)

 

西村:そういう読み方をされてたんですね。

 

石津あとはうち(実家)が小学校1年生から6年生まで映画館をやっていたんです。父親が映画が好きで。もともと建設業をやってたんですけど、敷地の一角で映画館を始めてしまって。それで映画と向き合うことが多かったので。それでね、いつも、それこそ『若草物語』とか『ローマの休日』とかそういうのを見ていて、小さい時から字幕を見てたからという説もあるんですよね。

 

西村:確かにそうですね。文字を視覚的に捉えることは最近の教育でもとてもいいって聞きますけど。実際に生活の中でなさっていたと?

 

石津そういうのもあったかも。

 

西村:子どもの頃にそういうお話がお好きで、その後……たとえば今現在、こういう作品が好きとか、これから訳したいと思っていらっしゃる本があれば、教えていただけますか?

 

石津『あおのじかん』のイザベル・シムレールさんという方の第2弾で、『はくぶつかんのよる』を訳したんですね。それで今取り組んでいるのが、『シルクロードのあかいそら』という赤を基調にした絵本なんですけれども、彼女の本はいろんな意味で自然に対する思い入れっていうか執着というか、そういうのがすごくって。その世界に惹かれていますね。だから、その自分が好きな作家さんのものが訳せるっていうのはすごく幸せなことだなと思っています。

 

<人間は自然の一部>


西村:先生のお話をお聞きしたり本を読ませていただいていて、「自然」というのがキーワードなんじゃないかなと。先生にとっての「自然」ってとても大きい存在なのかなと思いました。たとえば『おじいちゃんの木』も、やっぱり「木」っていう……私自身、「木」がとっても好きなんですけれど……木がおじいちゃんであったり、というところとか……絵本を通して自然の大切さを伝えられたいお気持ちがあるからでしょうか。

 

石津そうですね。やっぱり、自然の中にあっての人間だと思うし、だから、そういう意味でこう、人間至上主義とは全然反対で、だから……人類も自然の一部なんだってことをいつもちゃんと、わきまえて、生活しなきゃいけないなっていうのはいつも思っています。

 

西村:すごく大切だと思います。

 

石津そうですよね。

 

西村:日常を大切にしたり、自然を大切にしたり……常に共生するような……。

 

石津そうですね。それはいつも思っています。

 

西村:今日も先生のお話なさる言葉が、すっと共有されるというか、染み込んでくる、というか。そういう時間……幸せな時間で。

 

石津だったら良かった……そうであればいいな、とは思いますがなかなか(笑)

 

西村:いえいえ本当に。最近、「読み聞かせ」が大切と言われますけれども、なんとなくその、「読み聞かせなきゃ」という義務感ではなくて、自然に言葉を人と人が言葉を伝え合うっていう……そのような言葉の伝わり方というのを教えていただいたので。

 

石津ありがとうございます。

<言葉を学ぶ意味とは、知らない世界と触れ合うこと>


(このインタビューに先立ち、石津先生には次年度の本学入学予定者にむけての講演を行っていただきました。その直後からのインタビュー収録には、その中から文芸・ライティングコース入学予定の高校生が見学に来ておりました。 ここからは、当日の講演会に参加した本学入学予定者の高校生やその他スタッフが参加しての、質問コーナーとなりました。)

 

西村:ここにいる高校生達は、本学の文芸・ライティングコースで学ぶことで、これから言葉に関わる仕事に就きたいという希望があります。大学で言葉を学ぶ「意味」について先生はどのようにお考えかを、学生へのメッセージとして、お聞かせいただけるとありがたいのですが。

 

石津えっと……なんていうのかしら。「言葉を学ぶ」って、言葉とだけ接していれば学べるんじゃなくって、それこそ自然と触れ合ったり、自分の知らない世界と触れ合うことが大切です。いつも出会わない人のところに行ってみるとか、いろんな人に会いに行ってみるとか。たとえば、今日は私と出会いましたよね。それは相手が人じゃなくても音楽でも作品でもいいと思うんですけれども、いろんなところに、好奇心を持って出向いて行くことですね。足だけで動くんじゃなくて、心も伴って、いろんなところに会いに行くっていうのは、すごく大事かなって思いますね。

 

西村:前向きな気持ちで、日々の生活に向き合う、ということでしょうか?

 

石津そうですね。まあ、いつも前向きではいられないと思うんだけど(笑)それでも、あ、そうそう。たとえばちょっと暗い気持ちの時でも、笑ってると明るい気持ちになれるように、なんとなく前向きになれない時でも、一歩足を踏み出すと、それにつられて気持ちが前向きになったりすることってありますよね。だからそういうことも大事かな、って思うんです。

 

西村:色々とお教え頂き、ありがとうございます。 高校生の皆さんから質問を受け付けてもいいですか?

 

石津せっかくなので……はい(高校生を促す)。

 

高校生1:さっきの「前向きに」というお話なんですけど、マイナスの感情が出てきた場合には、どうやって対処していますか?

 

石津私だったら……うーん、私の場合……朝、いつも歩いてるんですね。朝、外に歩きに行くと「ヒヨドリ」とか「ムクドリ」とかが飛んでいて。そういう様子を見て前向きになれるかもしれません。

 

高校生1:先生はあの、プラスとかマイナスっていう感じは……(?)

 

石津なんていうのかな。生きることに希望が湧いてくる方向に自分を持っていくっていうか。そのために、一歩踏み出すっていうか。私だったら「歩く」こと……。ほら、わたし家で仕事してるから、ともすると人に全然会わないで1日過ごしてしまったりすることもあるので、だからそうやって歩いて……。あと、歩いている時に誰かと知り合うこともあるんですよね。そういうこととかもやっぱり大事かなと思って。

 

西村:歩かれる時はルートを変えることもあるんですか。

 

石津そうですね。その時その時の気分で。今日はこっちにしよう、って。でも歩いていて「あ、失敗だった」とか思う時もあるし(笑)。逆に、予想外の出会いもありますしね。

 

西村:朝、というのがいいですね。

 

石津そうそう。朝の空気に触れるっていう。その日の気分で、バードウォッチング用の双眼鏡をぶら下げてたり……。でもなんか、「あ、ちょっと重いな」と思ってやめたり(笑)。そんな感じです。

 

高校生2:さっきの講演で、絵本は文章と絵があってはじめて完成する総合芸術というようなことを言われていたと思うんですけれど、自分がその文章を上げた時に、絵がついてどういうものになるのかな、って想像した時に、どういう気持ちになりますか。

 

石津文章を書く時点で、もうこの人って決まっていたら大体想像しながら文章を書くんですね。

 

高校生2:文章を書く時点でもう決まっている……。

 

石津ええ。だから、「あ、想像通り」とか、「想像以上」とか……そういう風に、それぞれの作品で違いますね。

 

高校生2:絵本ってもともと、子どもに対してメッセージを伝える役割がありますが、どういうことを意識されてますか。

 

石津そうですね、私の場合、子どもだけに向けて書いてるわけじゃなくて、それを手に取ってくれる、大人でも子どもでもいいんだけど、それを読んで、違う世界……視野を広げる、といっても知識が増えるっていうんじゃなくて、ちょっと違う気分を味わってもらいたいな、って思うんですね。あとは、自身の気持ちを再確認してもらったり。絵本によって、メッセージとか伝えたい気持ちっていうのがそれぞれ違うので、一概には言えないんですけど。でもそれを読むことによって、なんかこう元気が出たり、生きる勇気がもしそれで得られるとしたら、嬉しいなとは思いますよね。でもまあ(笑)基本的には楽しんでほしい、ってことかな。楽しい時間を過ごしてほしいなっていう。

 

高校生3:創作の中で自分に言い聞かせていることは何ですか?

 

石津自分に言い聞かせていること、それは、読んだ人がやっぱり……一番最初に気になるのは言葉なんだけど……「心地いい」っていうことはすごい考えます。あと、それはいつもうまくいくかは別だけれど、絶対に「それを読んで傷つく人がいないように」っていうのは考えます。

 

高校生3:ありがとうございます。

 

高校生4:文章を書いていく上で行き詰まった時ってどうしますか。

 

石津ああ……行き詰まったらそこで一回やめて、なんか飲み物を飲んだり、ちょっと美味しいおやつを食べたり……で、また戻ると意外と思いついたりするし。でもその日思いつかなくっても、2、3日の間ずっと心の片隅に置いていると、必ず解決策が見つかるんですよね。だから、そういう風にあんまり無理はしないで、自然にインスピレーションが湧いてくるのを待ちますね。

 

高校生5:先生が比喩とかで表現する時は、先ほどのような遊び心を入れた比喩になるのでしょうか?比喩を使うとしたら、先生だったらどのようにされるのか……。

 

石津比喩を使うとしたら……。「比喩を使う時」っていうのは、その時フッと自分の心にこう、自然に浮かんできたものを捕まえる、っていう感じでしょうかね。

 

高校生6:さっきの講演で、カウンセラーのように人の話を聞いて癒すような仕事がしたい、と仰られていたんですけど、そういう気持ちから、今の職業になろう、と気持ちがシフトした瞬間っていうのはありますか。

 

石津それが……なろうと思ってなったってわけじゃないんですよね。フランスから帰国した後、最初はフランス語を教えたり、あとは舞台関係のフランス語の翻訳……フランス語を日本語に訳すっていう仕事をしていて。たとえばモーリス・べジャールの作品を日本で上演する際のプログラムの翻訳をしたり、フランス人の作家が書いた坂東玉三郎さんのセリフを訳したりもしていて。で、それとは別に、たまたま作っていた回文をある編集者に見てもらったところ、「これ、本にしましょう」と運よく言ってもらえて。それで本になって。で、それを見た人から別の作品の依頼が来て、という具合だったので、いわゆる「絵本作家志望」とか「詩人志望」っていうのではなくて。気がついたら、今のような仕事をしていたっていう感じ……なので。

 

高校生5:でもその前提として、フランス文学を学んでたっていうのが多分あると思うんですけど、それはどうしてですか。

 

石津まず、選ぶ時点で「これは私にできるだろうか」って考えたんですね。で、フランス語の響きに憧れていたし、これなら私にできるかも、っていうのでフランス文学を選択した。だから「できること」を残していったら今の仕事に結びついたっていう。自分が無理をしないでできることを選んできたら、こういう結果になった……(笑)っていう。

 

西村:理想的ですね。なんかこう、がむしゃらに「こういう風になりたい」って決めてしまうことで苦しいことって出てくると思うんですけど、自然と……。

 

石津自然に気がついたら、なっていたっていう感じですね。

 

近藤P:では学生からの質問も一通り終わったということで、最後によろしいでしょうか。本当は、先生においでいただくことになった時に、この質問を一度させていただこうと思っていたんですよ。

 

石津はい。

 

近藤P:先生は絵本作家でいらっしゃって、翻訳家でいらっしゃって、で、詩人でいらっしゃって。で、これって、大まかにすると「文章で表現する」って一括りにもできますけど、

 

石津ええ、同じですよね。

 

近藤P:ただ、細分化した時にやっぱりジャンルとして分かれますよね。「絵本」、「詩」、そして「翻訳」。おそらく手法も相当異なる。
先ほどのお話(講演会)の中で出版社からの依頼があって翻訳を行うとか、「こういう感じで絵本を作って欲しい」とか。そういうオーダーがあってとも伺いました。

 

石津そういえば、ちょっと話しましたね。

 

近藤P:つまり「文章で表現する」という作業をする時には、それぞれのジャンルをスタート時点で選択していることが多いと。その時、ご自身のチャンネルって変えるんですか?たとえば「詩人」ってチャンネルで詩を編んだり、

 

石津(笑)

 

近藤P:翻訳って時にはもう翻訳脳みたいなのがあったりとか。ただ、この質問って、自分の中で解決していったというか。お話を聞いててとか、電話とかでお話しさせていただいている時なんかに、先生のキャラクターが伝わってくるんですよ。だから……。

 

石津気さくなキャラクターでしょ?(笑)

 

(笑)

 

近藤P:多分、境界線を、境界とも思わずに行き来されるのかな? ってもう自分の中で思っちゃったんですけど、実際どうですか?

 

石津確かにそうですね。だからあんまり……無意識にやっていることなので。

 

西村:羨ましいです(笑)

 

石津だから、あんまり深く考えてはいないですね。

 

近藤P:先生をこのような形でお招きするにあたって、先生の作品とか読ませていただいて、私も可能なかぎり先生のお人柄とか、お仕事とかを正確に反映させたいと思って、先生の経歴とか、お仕事とか調べさせていただくと、なんかもう先生のお仕事のなかでの、「軸」というものが……。

 

石津あるんでしょうか?

 

近藤P:絵本とか、詩とか、で、捉えちゃダメなんだなこの人、って感じになっちゃったんですよ。要は「文章で表現する」っていう大きな柱だけ。その中でやっぱり肩書きを設定しようとするとまず「絵本作家」って出てきちゃいますけど、本来それだけでは、先生を表現するには当たらないんですよ。

 

石津そう!そうかも。だから、肩書きは「石津ちひろ」(笑)そう。もしかしたら仕事という意識すらないかもしれない。

 

西村:そうですね。すごく素敵だと思うのはやっぱり「言葉」と「生きる」が、すごく先生の中で近いということですね。

 

石津あ、そうかも……。

 

西村:その、切り替えじゃないんですけど、「さあ書こう!」とかじゃないのかな、とお聞きしていて思いました。

 

石津かもしれないですね。

 

西村:日常の中とか、その延長とか……。本当になんかみずみずしく、年代を問わず受け入れられる温かさ……その可能性につながる言葉を生み出されているように思います。

 

石津うーん。でも、確かになんかあんまり、「どの仕事」っていう枠はないような気がしますね。

 

近藤P:今回、講演会用のポスターを作らせていただいて……。

 

石津あ、でもあれがぴったりだったと思います。私にとっては。

 

近藤P:ありがとうございます。ただ、「絵本作家」、「詩人」、「翻訳家」……なんかこう、もっともっと短いものでぱしっと表現できないかな、とちょっと悩みはしたんですよね。

 

近藤P:最初、先生の本を読ませていただいた時に、すごくやわらかい印象を「常に」受け続けたんですよ。絵本の場合、私はまず絵が視界に入って、それから文章を読むんですが、先生の作品はそれがもういっしょになって、スラスラと自分の中に入り込んでくるんですよ。で、あったかい気持ちになって。じゃあ今度は、文章をじっくり読み始める。するとどんどん恐ろしくなるんですよね。どれだけこの人は文章をそぎ落としてるんだろう、って。そんなの微塵も感じさせない、「絵本」としての完成度の中で。 「文章」だけ抽出して見た時に、恐ろしく、簡潔に、言葉を選び……多分もう、何十種類も頭の中でバーっとやりながら「これかな?いや、それかな」なんて考え続けて。この言葉で本当にいいのかな、とか、これ「要る」のかな、とか。

 

石津あ、それは結構考えます。

 

近藤P:そんな感じでこう、薄〜く削ぐように……切ってるんだろうな、という印象を受けました。

 

石津あ、鋭い(笑)そういうところは、確かにあるかもしれないですね。見せないようにしてますけど(笑)。すごい、鋭いですね。ありがとうございます。

 

西村:でも、全てがやっぱり創作に通じますよね。その「削ぎ落とす」感覚も……。

 

石津ああ、そうかもしれないですね。

 

西村:そこがまた難しいんですけど(笑)。本日は長い間、本当にありがとうございました。

 

石津はい。こちらこそありがとうございました。